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マニラと長崎とローマ・カトリック

静かな教会

こんにちは。義貞です。

皆さんは、作家の遠藤周作原作、マーティン・スコセッシ監督の映画「沈黙」を見たことがありますでしょうか。長崎の隠れキリシタンを題材にした作品ですが、以前からブログで取り上げているように、大航海時代の当時はスペインやポルトガルなどの西欧諸国が新大陸を目指して船出し、香辛料の獲得とキリスト教の布教を行いました。

日本では、織田信長は比較的キリスト教に寛容であり、南蛮貿易などで西欧の物を取りいれていきました。その当時の強国であったスペインは西回り、ポルトガルは東回りで世界周航を行いました。ポルトガルはインドのゴア、マレーシアのマラッカ、中国のマカオを経て、日本の九州に辿り着きます。特に長崎は港町であり、海外との接触点が多い場所でした。布教者たちはまず長崎や熊本などでキリスト教の布教に努めていきました。

先日、ローマ法王が長崎の地を訪れたように、ローマ・カトリックと長崎は縁が深い場所なのです。もともと日本にローマ・カトリックを広めたのはイエズス会のフランシスコ・ザビエルです。九州にキリスト教信者が多いのはそのためでもあります。

フィリピンの場合は、マニラを中心にスペインによって布教をされたわけですが、スペインにしてもポルトガルにしても、カトリック教国ですし、ローマ・カトリックに繋がります。この歴史は非常に興味深いです。

私は、この2020年を通して、このテーマを追っていこうと思っています。まずは長崎の地へと向かいたいと思います。「英語留学」から離れますが、フィリピンの面白さは「英語」だけに留まりません。その歴史を通して、グローバル化を考える良いきっかけにもなります。

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セブビーチ③オスロブ

穏やかに泳ぐジンベイザメ

こんにちは。義貞です。

今日はセブのビーチについて紹介します。前回紹介したモアルボアルもセブ観光の定番地ですが、セブに来た時に行ってほしい場所がセブ東南部のオスロブです。

オスロブまでは、セブからバスで3時間ほどで行けますので日帰りで帰ってくることも可能です。綺麗なビーチがあるのは当たり前のこととして、オスロブが良いのはジンベイザメと泳ぐことができるということです。

ジンベイザメは世界最大の魚です。サメと名前がついてますが、穏やかな生物です。ジンベエザメが主食とするのは小さなプランクトンたちです。大きな口を開けて、通り道にいるプランクトンとその周りにいる小魚たちを丸のみするように食べていきます。

フィリピンの良いところは、このように自然や海、魚に溢れている点です。人々はいわゆる「文明」から離れた静かな暮らしをおくっています。そのことで不便さはあるでしょうし、経済発展から取り残された貧困もあるでしょうが、オスロブなどでゆったりした時間を過ごし、夜空澄み渡った星空を見ると、自然溢れるフィリピンはいいなと感じます。

ぜひオスロブでフィリピンの自然を体感して下さい。

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サリサリストアとデータ活用

どうも、義貞です。

皆さんは、「サリサリストア」をご存知でしょうか?

フィリピンで小規模な個人商店のことをサリサリストアと呼びます。主にスナックや菓子類、ばら売りの洗剤やシャンプー、お酒などを売っている小さいお店です。

まだまだ貧しいフィリピンでは、メインの通りから細道に入っていくと、下層の人々の小さい住宅が軒を連ねています。そのような通りに大抵あるのが、このサリサリストアです。

様々なお菓子がぶら下がっている

日本のように、そこらじゅうにコンビニがあるわけではないので、何かちょっとしたものを仕入れる時にはモールやスーパーまで出かけないといけませんし、モールやスーパーはだいたい市の中心街にあります。

そこまで準備していかなくても、フラッと家から出て物を調達するのに便利な場所がサリサリストアです。だいたいカップ麺やスナック、飲み物など、大したものではないものが販売されています。ただ、便利なのはSIMカードの購入やチャージもできるところにあります。

海外では、デバイス本体の販売元と通信キャリアが別であるのは当たり前なので、スマホを購入したら自分で通信会社を選ばないといけません。私は、フィリピンではいつもGrobeを利用しています。

さて、ここで何を話したいかと、東南アジアは今、空前のEコマースブームに沸いています。実際のデータについては、グーグルとテマセクホールディングスの調査分析をご参照ください。

東南アジアのネット経済 https://www.temasek.com.sg/en/news-and-views/subscribe/google-temasek-e-conomy-sea-2019

東南アジアでインターネットが浸透するとともに、急速な経済発展によって人々はオンラインで物を購入するようになってきています。フィリピンやインドネシアでは、若者の人口構成比が高く、スマホの所有率、インターネットの利用率もどんどん上がってきています。

そこで今注目されているのが、現在の中間層ではなく、下層向けのビジネスです。インドネシアでも、サリサリストアと似た個人商店があります。「ワルン」と呼ばれる個人商店ですが、そこで物を購入する層はいまだに銀行口座を保有していません。

銀行口座を所有していませんが、スマホは持っています。ここが日本では考えられない途上国の特徴なのです。スマホを所有しているのであれば、現金決済よりもキャッシュ・レスで決済する方が早い。そこに注目して、キャッシュレスで決済できる端末をそのような個人商店に導入を進めているのがインドネシアにあるKudoという会社です。

このKudoという会社は、Grabというモバイル配車サービスを展開する会社に買収され、今ではGrabドライバーになりたい場合の登録先は、それぞれのワルンで行えるようになっています。つまり、あらゆる個人のデータがワルンに集まってくるように仕向けているのです。

おそらく、この流れはフィリピンにもやってくるはずです。フィリピンのサリサリストアにスマホ決済の端末を導入していく会社が確実に出てくると思われます。フィリピンでもGrabは人気のアプリになっていますし、もしかしたらGrabアプリ一つでペイメントもできるということになる(もしくは、もうなってる?)かもしれません。

そうなれば各個人商店ごとに、データの分析が始まり、月間の売値をもとにどの商品を仕入れるかも調整していくことになると思います。

たしかに、日々のほほんと生きているフィリピン人の個人商店がそんなことまでするのか今のところ想像できないのですが、中国ではいち早くそのようになっているので、東南アジア各国でもスマホでのペイメントが進むでしょう。

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フィリピンの乗り合いバス「ジープニー」

ジープニーは庶民の足

どうも、義貞です。

移動手段は日本にいると意識しませんが、海外、特に途上国にいる時は意識せざるを得ないものです。

インフラが未発達のフィリピンでは、ドゥテルテ大統領が「ビルド、ビルド、ビルド」の掛け声のもと、大規模な開発を進めており、道路交通面でも今後の発達が予想されます。

そういったなか、フィリピン人たちの足となってきたのが「ジープニー」です。タイの「ソンテウ」のように、トラックの荷台を改造した乗り合いバスなのですが、そのデザインや装飾がかなり派手にして奇抜なのが、フィリピンのジープニーです。

元々は米軍の置き捨てたジープを改造した事から始まったようですが、降車側やたら長くなっており、フィリピン人の身長(?)に合わせたからなのか、車内がやたら窮屈です。

ジープニーの走行ルートは決まっており、私がセブに居た時は一律で7ペソ(だいたい10円くらい?)の破格の安さで運行されていました。

本数が多いし、近距離なら不便はないので乗っていましたが、車内での盗難やスリなども多いので、慣れてない方は乗らない方が無難でしょう。

ただ、このジープニーも、今後残っていくかどうかはわかりません。タクシー以外にも、ウーバーなどのサービスやバス、そして今後は高架鉄道などが整備されていけば、より多くの移動手段が生まれます。加えて今でも過度な渋滞が起こるフィリピンでは、ジープニーの噴きだす排気ガスなどで環境も汚染されます。

タイでトゥクトゥクの数が減っていくように、フィリピンのジープニーも姿を消していくかもしれませんね。

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インドネシア首都移転とスールー王国

スールー諸島

こんにちは。義貞です。

さて今日はジャカルタの首都移転について取り上げたいと思います。ジャカルタはインドネシアの首都なので、フィリピンではないのですが、東南アジアの大国であるインドネシアの首都がフィリピンの近辺であるボルネオ島(※インドネシアではカリマンタン島)に移るということで、フィリピンへの影響も大きくなると考えられます。

インドネシアは2億人以上の人口を誇る大国で、1000万人が首都ジャカルタに暮らしています。ジャカルタに政治、金融、貿易、サービスの全てが集中しているインドネシアでは、首都に負担が重くのしかかっており、交通渋滞含めて様々な都市問題が発生しています。加えてジャカルタは湿地にあり、地下水の供給などの面から土地が沈んでいます。タイのバンコクもそうですが、年々沈んでいっているようです。今後、温暖化の影響もあり海抜がどんどん低くなります。

そのような環境面もさることながら、勢いのある経済発展の中で都市と地方、都市の中でも階層が分かれてきています。富の不均衡によって人々の不満や抑圧感が溜まることもあり、インドネシアは首都機能を地方へと移します。その予定地がカリマンタン島東部なのです。

図を見るとお分かりになるように、カリマンタン島東部は比較的にフィリピンのミンダナオ島に近いのです。これは、なかなか面白いことになりそうだと感じました。というのも、かつてフィリピンのミンダナオ島、パワラン島などを含めて周辺地域はスールー王国という国が統治していたのです。

以前、スペインに支配されていくフィリピンの過程をブログで書きましたが、スペイン統治が完全に進む前のフィリピンには統一体としての国家は存在せず、様々な王国が散在した島でした。

首長制などを取っている集落などもあり、マクタン島の首長ラプラプがいたわけです。その当時ラプラプのみならず、スペインの支配に強く抵抗していた国があり、それがスールー王国です。スールー王国はミンダナオ島西端の諸島群を中心にミンダナオ島やパワラン島にまで拡大したイスラム国家です。

非常に面白いと思うのは、カリマンタン島にあるブルネイ王国と王族関係で仲が良かったらしいです。つまり、カリマンタン東部にも関連性があったということです。加えて当時明王朝であった中国との交易によってスールー王国は一大貿易センターとなり、大きく発展していました。

現在では一部の過激派勢力によってほとんど観光客のいないミンダナオ島西部ですが、インドネシアが首都をカリマンタン島に移すとなると、そこはインドネシア、ブルネイ、マレーシアの3ヵ国の中心地に変わる可能性を秘めています。そうなった場合にフィリピンがその経済圏に参加することのメリットは大きいです。

フィリピンの近代史は、ガレオン貿易によって繁栄し、キリスト教の価値観を強めていく北部マニラと、徹底的に抵抗するも貧しさの中に沈み排除されることによって怨念を強めていく南部ミンダナオの違いにあります。この価値の相克の中で、イスラム国家であり大国であるインドネシアの首都が近づいてきたらどうなるのか。今、新しい歴史の1ページがめくられようとしている感じです。

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香港で頑張るフィリピン人

陽気にダンスするフィリピン人たち

どうも、海外侍の義貞です。

香港とフィリピン人の関係についても書いていきたいと思います。

ホスピタリティに溢れるフィリピン人は、海外でメイド(家政婦)として活躍しています。特にドバイやシンガポール、香港などリッチな都市で活躍するフィリピーナたちが多いです。

家政婦とっていも、完全な住み込みでの仕事となります。清掃、洗濯、炊事などの家庭内労働を一手に担う戦力なのです。シンガポールや香港などの都市では、大多数が共働き家庭です。女性の社会進出が古くから進んでいる先進地域であるこの2都市は、女性が社会で活躍しています。意識的な面も、物理的にも、2人で家計を支えないと高い教育費や住居費をまかなえないという理由もあるのかもしれません。

フルタイムで働けば家事や清掃や子育てを行うことは1人では不可能です。そんなスーパーウーマンはほとんどいません。そんなこともあって、香港やシンガポールでは家のことを行う家政婦を雇うというのが比較的普通です。特にフィリピン人メイドは大変重宝されており、香港には数多くのフィリピン人メイドが働いています。

香港には外国人メイドが約34~36万人程おり、人口比でいえば5%くらいが外国人メイドになるようです。インドネシアからのメイドもいるそうですが、やはりフィリピン人が人気のようです。というのも、やはりフィリピン人は英語が上手だから。「なまりが、、、」という日本人とは違って、香港人たちは評価しているようです。

日曜日になると、たくさんのフィリピン人たちが一時の休日を公園や路上に出て過ごすそうです。

外国人たちが香港の路上を埋め尽くすことを嫌う一部の市民たちが、外国人の在留資格を制限するような運動を展開しているようですが、ほとんどの香港人がやりたがらない仕事を担っているのは、このようなフィリピン人たちです。

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フィリピンの富士山「マヨン・ボルケーノ」

壮大なマヨン・ボルケーノ

こんにちは、海外侍の義貞です。

先日、フィリピンでは火山の大規模な噴火が起こり、ニュースになりました。現在でも活発な活動が続くタール火山では、再び大きな噴火が起こる可能性も残っており、人々への退避勧告が行われています。

首都マニラから車で1時間半ほどの距離にあるタガイタイ市では、白い煙が上がり続けており、大量の灰や蒸気が噴出し、4万人以上の人が避難を行っています。

被害の拡大が懸念される中で、すでに周辺の農作物には灰や粉塵が覆い、農園などは大ダメージをおっています。自然災害の恐ろしさを改めて感じさせますね。

フィリピンは日本同様に島国であり、火山活動や地震の多い国です。ビーチのイメージが強いので海洋国という感じなのですが、山もあります。

「フィリピンの富士山」であるマヨン火山。マニラのあるルソン島南部に位置する街レガスピにある山ですが、非常に整った円錐形の火山であり、富士山にそっくりな見た目から、かつての日系移民たちは「ルソン富士」と呼んでいたようです。

マヨン火山の周辺は国立公園に指定されており、一帯全体が非常に美しく、街並みも含めると、ドラクエに出てきそうな街みたいです。

しかし、この火山は過去に何度も大噴火を起こしており、前述の火山の噴火からフィリピンでの火山活動が活発化してきているのであれば、またいつ噴火が起こるかわかりません。

標高は約2,500mあり、トレッキングすることも可能とのことなのですが、「火山」と名付けられていると、なかなか近寄り難いですね。

自然と共存していくことを改めて考えさせられることになりました。

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アジア初の「トランプタワー・マカティ」

どうも、義貞です。

さて、今日はマカティにあるトランプタワーを紹介しましょう。

マカティとは、大都会マニラの中にある市ですが、東京でいえば丸の内みたいな場所です。ビジネスと商業の中心であり、外資系のオフィスビルはこのマカティに集中しています。BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)関連もここに集中しており、今やオフィスの空きスペースがないような状況になっています。

そのため、今は新しい都心として、BGC(ボニフォシオ・グローバル・シティ)が開発されています。そんな中心のマカティ市にあり、屹立する超高層ビルの中で2番目に高いビルとしてそびえ立つのが、「トランプタワー・マカティ」です。

トランプタワーとは、ご存知の通り、アメリカ現大統領であり、不動産王であるドナルド・トランプ氏の不動産会社によるものです。フィリピン現地のセンチュリー・プロパティーとパートナーを組み開発されたビルで、2017年末にオープニングを迎えたそうです。アジアで初のトランプタワーとして、フィリピンの首都が選ばれました。

フィリピンは2015年に総人口が1億人を突破し、世界の人口ランキングで12位となりました。出生率は3.14%と高く、人口増加が見込める理想的なピラミッド型の分布となっています。 さらに、経済成長率も東南アジア最高レベルで6%以上です。

明るく親しみやすい国民性、高い英語力(自分たちでアメリカ英語と言う)を有しており、アメリカの植民地であったこともありアメリカへの憧れが強い国という点もあり、トランプもフィリピンへの進出を決めたのかもしれません。

別で考察しますが、この強いアメリカかぶれは、たまに鼻につくことがあります。自分たちは「アメリカと同様」の英語を話しているという自負があるようですが、それは単なる植民地マインドだろうと思います。「アメリカの英語」と同様でないと「英語ではない」わけがない。

いずれにせよ、トランプタワーは現在マカティに煌々と輝いています。フィリピンのウォール街と呼ばれるマカティに。

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フィリピン歴史③建国の父ホセ・リサール

リサール公園の銅像

どうも、海外侍の義貞です。

フィリピン歴史③ということで、今回はホセ・リサールの話です。ホセ・リサールはフィリピン人にとって史上最高の英雄とされている人物です。スペインの圧政に、明晰な頭脳をもって立ち向かった革命家でした。

南米の革命家といえばチェ・ゲバラですが、フィリピンの革命家といえばホセ・リサールです。チェ・ゲバラは戦略的な武闘家という感じですが、ホセ・リサールは「ペンは剣よりも強し」のような知的なインテリゲンチャでした。またフィリピン人らしく、世界中の様々な国の女性と恋愛するルパン的な要素を兼ね備える人物です。

ホセは、スペイン領東インドだった時代、中国人とフィリピン人の混血の家族の元に生まれました。祖先を遡ると日本人もいるとのことですが、本当なのかわかりません。小作農として農学を学び、土地測量などの技術を学んでいたリサールですが、母親が病気になったことを期に医学を学ぶことになりました。孫文とかチェ・ゲバラもそうですが、医者って革命家になりますね。

スペイン語も堪能だったリサールは、スペイン政府からも評価され、宗主国であるスペインへ留学することになりました。留学時には医学と哲文学を学び、ヨーロッパのあらゆる言語を取得、日本語や中国語すらも学習したそうです。スペインのマドリードでの留学が彼に気づきを与えました。フィリピン人がスペイン人に劣っているわけではない、足りないのはただ教育の機会だと。

そこからリサールは、小説を書いて民衆を啓蒙し、スペイン支配からの脱却を目指していきます。しかし、フィリピンに戻ってきて出版した小説がスペイン支配層の目にとまり、再度リサールは留学に出発します。その時に立ち寄ったのが日本でした。日本に滞在した際に、ある日本人女性に恋心を抱いたらしいです。そんなこともあってか、今でも東京の日比谷公園にホセ・リサールの銅像が置いてあります。日本とも縁があったのですね。

再度フィリピンに戻ったリサールですが、フィリピン同盟を結成したことでまた反逆者の濡れ衣を着ることになります。そしてミンダナオ島に流刑されます。

その後、キューバへと向かうさなかに捕らえられ、マニラへ送還されて銃殺されてしまいます。くしくも、ボニフォシオがフィリピン独立革命を始めたばかりの時でした。フィリピンが独立を求めていく過程で重要となる人物が、リサールの他にアンドレス・ボニフォシオとエミリオ・アギナルドがいます。リサール亡き後に、この2名が活躍していくのですが、それはおいおい書いていきたいと思います。

ホセ・リサールが軍事会議にかけられて、公開処刑される際には多くの民衆が集まったそうです。マニラのリサール公園に行くと、リサールが実際に銃殺された場所にその銅像が建てられています。歴史を追いながら、公園を散策してみるのも楽しいでしょう。

フィリピンの近代史は、スペインとの関係と切っても切り離せません。情熱の国スペインだけあって、その植民地だったフィリピンからも、情熱的な人物がたくさん登場してきます。フィリピンに行った際には、愛と情熱に燃えるリサールの人生を追ってみると楽しいと思います。

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フィリピン料理⑤キニラウ Kinilaw

生の魚を使用する料理

どうも、海外侍の義貞です。

今日は、日本人にも人気があるフィリピン家庭料理キニラウを紹介します。

キニラウ(Kinilaw)は「生で食べる」という名の通り、生の魚で作られています。生の魚を食べる日本人にとっては、有難い食べ物です。フィリピン料理は肉や油を使用したものが多いため、たまにさっぱりした魚が食べたくなります。

島国で魚介類が豊富なフィリピンでは、魚やシーフードの料理もさまざまです。自分としては、シニガンという酸っぱいスープが好きですが、そのスープにも魚介類が使われています。

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生のマグロを切り身として、キュウリに、玉ねぎ、酢や塩を混ぜて作ります。気候的に生の魚が腐りやすいこともあるため、酢などを混ぜて保存しやすくするためもあるかもしれません。

唐辛子も入っていて、スパイスがきいており、酸っぱさがあるのでお酒のつまみとして食べると美味しいです。

フィリピンに行った際は、ぜひご賞味ください。