フィリピン歴史②スペインの支配に立ち向かう首長ラプラプ


どうも、義貞です。

今日はフィリピンの歴史について、また書いていきます。前回はガレオン貿易について説明しました。16世紀の当時、世界の覇権はスペインにありました。無敵艦隊とされたスペインは、大航海時代の恩恵を受けて、大西洋を越えてメキシコ、太平洋を越えてフィリピンをその支配下に置き、アカプルコとマニラを結ぶガレオン貿易を行い、ヌエバ・エスパーニャ(新スペイン)を達成しました。

洋の東西支配をしたスペインはフィリピンをスペイン領東インドとして活用していきます。スペインの支配は長く続きますが、しかし支配が長ければ長いほど、必ずその支配を覆す革命家が登場するのが歴史の面白いところです。それがフィリピンの英雄であるホセ・リサールなのですが、その前に今回はマクタン島の首長ラプラプの話をしたいと思います。

ガレオン貿易が本格的に始まる前のフィリピンの首都はセブでした。それは、マゼランが到達した場所がセブであり、そこからフィリピンの近代史が始まっていくのですが、マゼランはキリスト教の布教に熱心であり、セブ王たちは比較的寛容にキリスト教を受け入れていったようです。サントニーニョ教会にはサントニーニョ(幼きイエスの像)がありますが、マゼランがセブの女王に贈ったものとして有名であるように、飛ぶ鳥を落とす勢いでキリスト教に改宗させています。

そんな中でも、キリスト教への改宗と服従を拒否した人物がおり、それがマクタン島の首長ラプラプです。部族の首長であり、イスラム教徒であるラプラプは、マゼランの要求を拒否ったことで怒りを買い、マゼランはマクタン島に攻め込みました。そして「マクタン島の戦い」が始まります。

マクタン島の地理や潮の満ち引きを知り尽くしていたラプラプは、周到な戦略を練り、マゼラン軍を迎え撃ちます。海岸付近に船を停めることが難しくなったマゼラン軍は船を下りて戦うことになりましたが、そこでラプラプたちは返り討ちにしました。そしてマゼラン軍を退却させるまでに至るのです。

その抵抗と勝利によって、ラプラプは英雄とされています。マクタン島の最大都市はラプラプ市と命名されていまし、ラプラプという名前の魚もいますし、なにより現大統領ドゥテルテがラプラプの日というのを4月に設けて称えています。

スペインの侵略に立ち向かい、打ち勝ったという歴史はピーノ・プライドを刺激するものなのかもしません。

投稿者: 海外侍 義貞

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