フィリピン歴史④レイテ島とマッカーサー


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どうも、義貞です。

自分は歴史が好きなので、今回は近現代の歴史に絡めた話にしたいと思います。

誰もが知っているように、日本とアメリカは太平洋戦争で戦っていました。

不幸にもフィリピンは、そんな日本とアメリカの戦況拡大の犠牲になった場所でもあります。戦時中に多くの被害を被ったフィリピンでは、かつて戦地となった場所を訪れると戦闘の説明などが書いてある跡地があります。

レイテ島の後に、北部ルソン島の戦いがありますが、パンガシナン州のリンガエン湾を訪れた時は、そこが戦地であったことさえ知りませんでした。リンガエン湾は幅が広く戦艦で上陸するには降りやすい場所ということもあり、日米両方が上陸しました。

戦いに参加していたのは、日米だけでなく、フィリピン勢とオーストラリア勢も加わっていました。やはり、太平洋に面していると主に米国やオーストラリアが相手となります。

ちなみに、タイではミャンマーとの国境付近にあるカンチャナブリー県で日本軍が英国やオーストラリア軍の捕虜を使ってクウェー川に橋をつくらせ、タイとミャンマーを繋ぐ鉄道の建設を行っていました。(映画『戦場にかける橋』参照)

さて、当時、大本営は戦況は優位にあると考えていました。それは台湾沖の空戦で日本がアメリカ軍に多くの損害を与えたと戦況を判断したことに始まります。本来的にはルソン島(リンガエン湾)に配備するはずであった陸軍を、レイテ島の防衛にまわし、作戦を急きょ変更します。

しかし、この作戦変更は大失敗に終わります。そもそもマニラからレイテ島までの距離は東京から岡山くらい離れており、制空権はアメリカ軍が握っている中で、レイテ島まで兵隊を移動させながら、物資などを補給させることが困難であったからです。

Logisticsは兵站という意味ですが、もともとは軍事用語です。戦術や戦略にならんで、兵站をタイムリーに確保することは、戦闘において非常に重要になります。この補給の見通しが甘かったゆえに、日本軍は多くの餓死者を出すことになりました。

そして、そこで登場するのがダグラス・マッカーサーです。レイバンのサングラスとパイプが特徴で(ブルース・ウィリスに似たタフないでたち)、一度離れたフィリピンへと戻ってきます。彼がフィリピンを離れる時に言った言葉が「I shall return(俺は戻ってくる)」です。

Shallという単語には、義務感のような意味が含まれています。ですので、ここでは一度退避するが、必ず戻ってくる、その義務があるということを意味します。willは意思を表す助動詞ですが、shallの方が義務の意味が強いです。ですので、ビジネス契約書などでは、このShallを使用した言葉遣いが多くなっています。

マッカーサー・メモリアル

レイテ島のタクロバン市に行くと、マッカーサー・メモリアルなる記念像があります。まだ行ったことがないのですが、次回フィリピンを訪れる時は行ってみたいと思います。ただ、レイテ島よりもさらに日本人に知られていないルソン島リンガエン湾の方が個人的におススメです。そこからさらに北上してバギオに行けるからです。

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投稿者: 海外侍 義貞

こんにちは。海外侍の義貞です。Cebu Samurai Warriorsの管理人です。 このサイトでは効率的な英語学習とフィリピン・セブ留学、オンライン英会話の有効性などをメインに紹介していきます。TOEIC 885点

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