フィリピン歴史⑤アメリカによる植民地化


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どうも、義貞です。

今日は、アメリカによる植民地化という点からフィリピンの歴史を見ていきたいと思います。前にブログで少し書きました。⇒『フィリピン、グアム、ハワイとアメリカ』https://bit.ly/30ALQwd

アメリカという国は、誕生してからまだ200年ちょっとの歴史しかありません。英国国教会に反発した清教徒(ピューリタン)であるピリグリム・ファーザーズたちが、メイフラワー号に乗り”約束の地”である新大陸に入植して最初に13州の領土を築きます。

その後、マニフェストデスティニー(明白な天命)を掲げ、13州からより西部へと開拓を進めていくのです。イギリスからやって来たアングロサクソンたちが、元来からそこに住んでいた先住民であるインディアンたちを次々と殺害し、自分たちの領土を拡大させていきました。

レヴェナント』というレオナルド・ディカプリオ主演の映画があり、開拓当時をモチーフとして描かれているのでなかなか面白いです。

西部を開拓していきアメリカ領土は拡大していきますが、当時西側のカリフォルニアなどはメキシコ領でした。ヌエバ・エスパーニャ(新スペイン)から独立したメキシコが西側のカリフォルニア州から南部テキサス州までを領土としていましたが、その後テキサスが独立します。そして、西部目指してExpand(拡大)してきたアメリカとの間でテキサスの所属を巡りメキシコと戦争が起きるのです。それが、「米墨戦争」です。

この戦争にアメリカが勝利し、カリフォルニアを獲得します。もともとメキシコ領だったこともあり、カリフォルニアの都市はサンフランシスコサンノゼなどスペイン語の響きが残っています。


アメリカの植民地主義

北米大陸を手中に収めたアメリカは、19世紀にヨーロッパで世界大戦が勃発すると、旧大陸とは距離を置きはじめます。モンロー主義(孤立主義)によって、ヨーロッパの植民地拡大には関わらないという立場をとっていました。

しかし、イギリスとフランスが植民地戦線を拡大させるなかで、太平洋のハワイにまで領土の狙いを定めていました。ハワイは太平洋上でアジアへも開かれており、アジアへ歩を進める補給地として妥当な場所でした。その時にスペイン領であるキューバを巡り、アメリカとスペインで戦争が起こります。それが「米西戦争」です。

米西戦争に勝利したアメリカは、スペイン領であったプエルトリコ、グアム、フィリピンを獲得します。1800年代の終わり頃ですが、フィリピンは独立のためにアメリカと一緒にスペインと戦いました。スペインを倒したフィリピンは200年におよぶ植民地化が終わるかと思いきや、今度はアメリカによって植民地化されます。米西戦争に次いで「米比戦争」が起こりますが、スペインに勝利したアメリカに勝てるはずもなく。

歴史を追っていくと、アメリカはメキシコ、スペイン、フィリピン全てに勝利していますね。歴史的に戦争で負けたことがない(ベトナム戦争は部分敗北)のがアメリカです。だからこそ、「負け」を想像できないし、それは許されないのがアメリカと言っていいでしょう。

アメリカの植民地であるがゆえ、フィリピンは英語圏になってしまったのですねー。

投稿者: 海外侍 義貞

こんにちは。海外侍の義貞です。Cebu Samurai Warriorsの管理人です。 このサイトでは効率的な英語学習とフィリピン・セブ留学、オンライン英会話の有効性などをメインに紹介していきます。TOEIC 885点

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