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洋楽から学ぶ英語⑤デュア・リパ

How’s it going, guys! 義貞です。

本日は、洋楽から学ぶ英語⑤ということで、デュア・リパの歌詞から引用して紹介したいと思います。

デュア・リパはイギリス人ですが、アルバニア系の移民です。アルバニアは、イタリア半島を体面にして海域を越えた場所にある国ですが、もともとこの辺りはユーゴスラビア連邦といった国家連邦でした。アルバニアはそのユーゴスラビアとくっついて下にあった国ですが、アルバニア系はユーゴの中でも散らばっていました。

ヨーロッパは様々な民族が入り交じり、もともと争いの絶えない場所です。また、このバルカン半島は、オスマン帝国(トルコ)による影響下にあったため、イスラムの影響もありますし、この辺りの民族は南スラブ人とも言われており、ロシアとの関係もあるので色々とややこしい場所です。

さて、歴史は一旦横において、前回紹介したエイバ・マックスもアルバニア系移民です。移民の家庭の2世だからなのか、彼女らの英語はネイティブのそれとはやはり違うような印象を受けます。アングロサクソン系と比較すると聞き取りやすい印象があります。

ネイティブでも、移民の第1世代は英語を話せないで米国や英国に来た可能性があるので、2世も家庭内ではアルバニア語を話していたかもしれません。

デュア・リパの曲 “Break My Heart” からサビの部分を引用します。

“Break My Heart”

I would’ve stayed at home

家にいるべきだったわ

‘Cause I was doing better alone

一人でいた方がよかった

But when you said, “Hello”

でもあなたが家を訪れたとき,

I knew that was the end of it all

全ての終わりだってわかったわ

I should’ve stayed at home

家にいるべきだった

‘Cause now there ain’t no letting you go

だって私はあなたを離さないから

Am I falling in love with the one that could break my heart?

私はまた私を悲しませるような人に恋をしてるのかしら?

Oh no, I was doing better alone

ああ,だめ,私はちゃんとやってたのよ

But when you said, “Hello”

でもあなたが私の家に来たとき,

I knew that was the end of it all

全ての終わりだってわかったわ

I should’ve stayed at home

家にいるべきだったわ

Cause now there ain’t no letting you go

だって私はあなたを離さないから

Am I falling in love with the one that could break my heart?

私はまた私を悲しませるような人に恋をしてるのかしら?


Cause now there ain’t no letting you goなんて言われてみたい言葉ですが、またain’tが使用されており、この文章を歌に合わせて詰め込んでいるので、早口で聞き取りにくいかもしれません。

英語圏の音楽シーンで活躍する存在が旧社会主義圏やカリブ海の生まれからスターを誕生させているのが非常に興味深いですね。

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ペルーと日系移民

Photo by Chelsea Cook on Pexels.com

マーヨン・ハポン(ビザヤ語で”こんにちは”)義貞です。

前回、ペルー料理とフィリピン料理のアドボに親和性がある話をしました。

両方ともスペインの「漬ける」という意味から派生しています。その料理名から、スペインが太平洋を越えて絶大な支配権をもっていたことが歴史的にわかります。

そもそも、なぜスペイン人およびヨーロッパ白人は絶大な力をもって他の文明を支配できたのか。ペルーにはインカ文明がありましたが、スペインの圧倒的な力によって滅ぼされました。

フィリピンは、国名に「フェリペ2世」の名前を付けられてしまうほどに支配され、ペルーの言葉はスペイン語ですし、タガログ語も様々な単語でスペイン語の面影があります。

いまやスペインは帝国時代の片鱗も見られないほどに衰退していて、ポルトガルと同様に過去の栄光とはほど遠い状況ですが、帝国が遺した爪痕は残ります。

さて、そんなペルーにも日本からの移民が居たのは知っての通りです。南米はブラジルが日系人で有名ですが、ペルー、特に首都のリマには多くの日系人がいまも暮らしています。

昨年の2019年は、ペルーへの日本人移住が120周年ということで、記念事業が行われ、秋篠宮の長女眞子様がペルーを訪問しました。

ハワイ移民もそうですが、サトウキビ畑の開拓で海を渡ったようです。ちょうど幕末から維新への開国の中で、時代の急激な変化が起こり、それまでの安定した江戸時代は終わりました。そういう時代には、一旗揚げようと海外へ飛翔する人たちが出てくるものです。前回ブログ:ハワイと日系移民https://bit.ly/2P7LvdE

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フィリピン料理⑥アドボ Adobo

cooked chicken on white plate
Photo by Engin Akyurt on Pexels.com

どうも、海外侍の義貞です。

本日は、フィリピンの家庭料理アドボを紹介したいと思います。

もともとスペインの肉料理“アドバード”を原型とするフィリピンの代表的な家庭料理がアドボです。南米ペルーにも”アドボ・デ・チャンチョ”という料理があり、マリネ液で下味をつけてから煮込んでいく料理なので、フィリピンのアドボと似ています。

マリネとは、肉・魚・野菜等を、酢やレモン汁などからなる漬け汁に浸す調理法で、僕の好きな”キニラウ”もこの調理法で作ります。

酢の効果で肉が軟らかくなり、少し甘酸っぱい味になります。煮込んだ角煮のような感じなので、ご飯ともよく合い、日本人も好きなテイストだと思います。

豚肉だけでなく、鶏肉でもアドボは作れます。

前回紹介したネネスキッチンでは、レバーアドボのブッフェがありました。少し辛口テイストで美味しかったです。なので、ほんとうにフィリピンの一般的な家庭料理がアドボだと思います。

キニラウもそうですが、気候的に魚介類や肉類は傷みやすいため、酢でつけるのかもしれません。

アドボ、キニラウは外せないフィリピン家庭料理です。ぜひ食してみましょう。

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映画「イコライザー」にみるカッコ良すぎるデンゼル・ワシントン

hey, guys. 海外侍の義貞です。

趣味は日本史、日本文化を学ぶ事と、英語と洋楽や洋画なのですが、最近は主にNetflixです。

コロナで映画館に行けないという事もありますが、Netflixに見たいリストが多すぎるので、映画館に行って映画を見ることも少なくなりました。

最近は、デンゼル・ワシントン主演の「イコライザー」と「イコライザー2」を観たのですが、デンゼル・ワシントンがカッコ良すぎたので、このブログで紹介したいと思います。

イコライザーは1,2もストーリー的に面白いというより、デンゼル・ワシントンの知的な戦闘シーンがカッコいいので、まあ男性向けの映画です。

ただ、トム・クルーズ的な白人男性のカッコ良さではなく、黒人男性の大人の男的なカッコ良さがあります。

デンゼル・ワシントンの出演映画を見ていくと、大体が知的で正義感のある人物の役回りが多いのですが、同時に親しみやすい印象も受けます。加えて、アメリカ的な印象を与えます。

アメリカ的とは何かをうまく表現できないのですが、例えば僕は、「ウォーキング・デッド」にも出演しているモーガン役のレニー・ジェイムズが好きですが、彼はイギリス人なので、ちょっと違います。

イギリス人は、ヨーロッパ人なので、やはり作法が少し違うと感じます。アメリカ人は、アメリカ人的な英語とアメリカ的な態度、アメリカン・ウェイ・オブ・ライフみたいなものがあります。

なので、それを受け入れない者はアメリカ人として認めないようなところがあり、強く、独立した者こそがアメリカ人だ、というシビアな世界があります。

なんというか、超人さと、それに付き纏う孤独を抱えながら1人突出するみたいなヒーローイズムが強いのがハリウッド映画です。

あくまでも映画の役なのですが、このアメリカ的な、孤独を抱えながら、使命感持ち、超人的な能力で現状を突破する「個人」がいる所にアメリカの魅力を感じるのだと思います。

イコライザーなる単語を調べてみたところ、”equalizer” は「均衡を保つ人・装置・システムなど」という意味になりますが、俗語で「致命的な武器」という意味になるようで、主に裏社会で使用される北米英語だそうです。

デンゼル・ワシントンは名実ともにアメリカを代表する俳優なので、ぜひ観てみてください。

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フィリピン人家事サービスを考える①

Photo by Andrea Piacquadio on Pexels.com

How are you doing? 海外侍の義貞です。

さて今回は、国が進めている国家戦略特区の外国人家事支援サービスを考察したいと思います。

国家戦略特区とは、“世界で一番ビジネスをしやすい環境”を作ることを目的に、地域や分野を限定することで、大胆な規制・制度の緩和や税制面の優遇を行う規制改革制度です。 (内閣府参照)

シンガポール、香港と比較して東京がグローバル都市になれないのは、モノリンガルでホモジニアスな点にあると思います。しかし、コロナ以前の訪日観光客数の増加などを見れば、日本の都市にはまだまだ可能性があるし、外国人を惹き付ける魅力的な場所があります。

今のコロナ禍では難しいですが、今後は高齢化に伴う介護や女性の家事労働や育児の補助は外国人、特にフィリピン人にやってもらえば良くないかと思っています。

都内だけでなく、今や日本の都市でコンビニの店員をやっている子たちは、大半がベトナム人です。それで何か不便があったかというと、ほとんどないはずです。シンガポールのガソリンスタンドのコンビニに行ったらフィリピン人やインド系が店員をやっていたので同じようなものだなと感じました。

介護や育児になると人命に関わるので、そこに慎重になるのは良いとして、家事労働をやってもらうというのもなかなか進みません。

家に他人を上げるという事を良しとしない文化があるとしても、家事労働をサービス化する事で、より女性が労働市場に参入できるようになります。

女性を労働市場に参入させれば、長時間労働を改める事にも繋がります。

女性が家庭に留まる→男性が2人分の給与を稼ぐ必要がある→男性が長時間労働する→女性が労働市場に参入できない、といったサイクルを断つ必要があります。

時代は高度成長期ではないので、2人分の給与を稼ぐ男性は今や少数派です。そちらの男性を狙うという戦略はありだと思いますが、なぜ一般的に男性が2人分稼がないといけないのでしょう?

国内にベトナム人やフィリピン人が増えれば、新大久保の韓国街のようなベトナム街やフィリピン街があって良いし、各国の料理店も増え、美味しいブンボー・フエやシニガンを食べられるようになります。

外国人を増やしてほしくない人たちもいるでしょうが、日本の少子高齢化はハイスピードで進んでおり、婚礼期を過ぎた50代以上の女性が0-49までの人口比率で多くなります。それを悪いというわけではないですが、少子化が大変だと騒ぐならば、現実に適応した施策を取っていくべきだと思います。

昭和的な家長の元に子供が多いという時代に戻る事は永遠にない以上、人口統計値をリアルに見つめ、それに合った対応策を考える事が必要であり、外国人による家事労働サービスの提供と女性の労働市場への参加を行っていくようにするのがベターだと思っています。

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サン・ファン・バウティスタ号と慶長遣欧使節団

Photo by Pixabay on Pexels.com

Hope you are well. 海外侍の義貞です。

今日は、サン・ファン・バウティスタ号に関わる歴史を見ていきたいと思います。

16世紀以降の大航海時代、スペインとポルトガルは競って植民地開拓を行っていました。未知なる世界を求めて航海に出たマゼランやコロンブスなどは、「新世界」であるアメリカ大陸やオーストラリア大陸などを発見していきます。

当時、スペインとポルトガルの2大パワーが対立して争わないように、両国は「トルデシリャス条約」を結びました。これにより領土の分割はローマ教皇の承認を得ることがお墨付きとなりました。

なかなか面白いと思うのは、スペインとポルトガルだと航海ルートが違うのと、その航海の延長線上に自国の勢力圏を獲得していたことです。また、海洋都市ジェノバから船出して頭角を現すクリストファーコロンブスですが、スペイン王室と「サンタ・フェ契約」を結び、発見した土地で得られる利益を自分の取り分としていました。

スペインはマニラを拠点とし、マニラ・ガレオン貿易で利益をあげ、ポルトガルはマカオとマラッカをその手中に収め、拠点としていました。

そんなウハウハな状態のスペインだったわけですが、マニラで日本人にキリスト教の指導を行っていたのが宣教師ルイス・ソテロです。日本ではフランシスコ・ザビエルくらいしか教科書で習いませんが、ルイスもザビエル同様にイエズス会から派遣されてきた布教者です。数年のうちに日本語を習得した語学の天才だったようです。

フィリピンから総督ドン・ロドリゴと共に来日し、通訳を務めます。このルイス・ソテロが当時の仙台藩主であった伊達政宗と出会います。いわゆる「独眼竜政宗」ですが、彼はかなりの海外侍気質の持ち主で、キリスト教に寛容で、海外との貿易も求めていました。

そこで政宗は支倉常長(はせくらつねなが)を抜擢し、ルイス・ソテロと共に「慶長遣欧使節団」を立ち上げます。そして団をフィリピン、メキシコ、スペインへと送るために作られた船が「サン・ファン・バウティスタ号」です。

サン・ファン館HPより抜粋

慶長遣欧使節団の航海経路を見ると、当時としてはかなりの遠洋航海になります。

この時代にすでにアメリカ大陸に渡り、ヨーロッパまで行った日本人がいたということが驚きではないでしょうか。政宗がいかにグローバル・マインドの持ち主であったことも分かります。加えて、遠洋航海を達成できる船を建造してしまうところに日本人の技術の高さもありますし、それを成し遂げる支倉常長のバイタリティも半端ではない。

その後、徳川幕府は禁教令を布き、支倉常長は日の目を見ることなく終わってしまうのですが、伊達政宗が天下人になっていたら、当時からグローバルな日本になっていたかもしれません。歴史にIFはないのですが、IFを想像してみたくなるお話しです。

参照:サン・ファン館|宮城県慶長使節船ミュージアム 

https://www.santjuan.or.jp/index.html

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東京のフィリピンレストラン①ネネスキッチン

How’s it going, guys? 海外侍の義貞です。

今日は東京のフィリピンレストラン第1弾ということで、赤羽にあるネネスキッチンを紹介したいと思います。

そもそもフィリピン料理は、タイ料理と比べると日本ではかなりマイナーです。

タイ料理も、モダン・タイ料理以外はパクチーを多く使用するので、パクチー(英語ではcoriander)が苦手な人はタイ料理も好きではないかもしれません。

フィリピン料理は、それ以前に何があるか知らないという人が多いでしょう。

しかし、「アドボ」「シシグ」「レチョン」など代表的なフィリピン料理は日本人の口に合わないかといえば、僕はそうではないと思ってます。

それに、フィリピン料理は脂っこいと思われてますが、タイと比較して、フィリピンでは肥満体型の方は少ない印象です。フィリピン人女性のプロポーションはおそらくアジアでNo.1です。その点からしても、フィリピン料理を食べ続けると太るわけでもありません。

さて、前置きが長くなりましたが、赤羽のネネスキッチンを紹介していきます。

赤羽東口のアーケード街を進んで行くと、左手側に見えてくるのがネネスキッチンの看板です。

黄色い看板

午後4時ころに行ったのですが、フィリピン人のお客さんたちが入ってました。しっかり手の消毒と検温をしてから入店!

まずはさっそく久々のサンミゲルライトビール

お気に入りのサンミゲルライト

ビュッフェスタイルだったので、全ての料理を試しました。

ビュッフェで好きな料理を盛る

その中で料理名を理解できたのは2品だけ(汗)

レバーアドボが美味しかった。アドボは、フィリピンの代表的な料理ですが、フィリピンの肉や野菜の煮込み料理の名称です。レバーアドボは、レバーを煮込んでいて、この煮込んだ少し角煮っぽい汁がご飯によく合います。

手前がレバーアドボ。これはオススメ。

壁にかかったTVではフィリピンの番組が流されており、教会の神父さんがミサの言葉を語る内容でした。教会といえば、イギリスで色んな教会に当時のイギリス人の彼女に連れて行ってもらったことを思い出しました。

フィリピンや南米、ヨーロッパはほんとに街のいたるところに教会があり、コミュニティのシンボルになっているのですね。

さて、このビュッフェの食べ放題+サンミゲルライト1本で値段は2,070円でした。だいぶ満足感が高いです。東京のフィリピン料理店の値段を見ていると、シシグだけで1,000円以上とあり得ない値段のところが多いのですが、このネネスキッチンはかなり庶民的です。だからローカルの人も多いのかもしれないです。

次回は、六本木のフィリピン料理店New Nanay’sに行ってみたいと思います。また、「シニガン」をぜひレビューしたいです。お楽しみに。

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激変するミャンマーのヤンゴン

どうも、海外侍の義貞です。

普段、youtubeで英語メディアや英語での旅行チャンネルを見ているのですが、ミャンマーを紹介する『EatSleep Yangon』というチャンネルが面白いのと、ヤンゴンの激変を感じたので取り上げます。

ヤンゴンの中心街と天使のようなミャンマーの女の子

ミャンマーに初めて行ったのは2014年でした。

2012年に、それまで軍事政権が統治していたミャンマーは、開国的な方向にシフトし、スーチー氏を解放し、アメリカとの関係を改善しました。それにより、日本人も事前にビザを取得すれば、ミャンマーに入国できるようになりました。

当時は、ミャンマーが開国したということでミャンマー視察ブームがおこっていて、日本の企業人や観光客がミャンマーを訪れました。ミャンマーの変化を見たいと思った私もヤンゴンに飛びました。ヤンゴンの街を歩き回り、カフェに入ったり、デパートに行ったりしました。

その頃、ハリウッド映画の『トランスフォーマー』が上映されていて、映画館にミャンマーの若者たちが溢れかえっていたのが印象的でした。加えてホテルの料金が異常に高騰してたのですが、ホテルでは普通にCNNが流されていて、ほんとに軍事政権だったのかなと思うほどでした。

久々に、このチャンネルでヤンゴンの紹介を見たら、Junction Squareなる地区が出来ていて、綺麗な高層ビルやデパートができている事にビックリです。

当時ヤンゴンのデパートはまだ、「なんか古びてるな」と感じるものでしたが、この動画を観るとすごくお洒落になっています。

もともとミャンマーのヤンゴンは、軍事政権に変わる80年代以前は、タイのバンコクより経済的に豊だったようです。

今は、ミャンマー人の労働者はバンコクに出稼ぎに行ってタイ人からこき使われてますが、ミャンマーの方に可能性あるな、と感じています。加えて、ミャンマー人は穏やかで、優しく、また女性は綺麗な人が多いです。

仏教の3大聖地の1つであるバガンなども行って損はないですし、ゴールデンロックも見てみたいですね。

また、ミャンマーは英国による植民地だったため、比較的英語は通用する方です。マレーシアのペナン島などもそうでしたが、英国統治時代の建築様式や教会が残っていました。

5年経つと新興国は劇的な変化を遂げるものです。「10年ひと昔」と言いますが、新興国の場合、おそらく5年以下のスピードで変化していると思います。

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マニラよりも、セブとダバオ

どうも、海外侍の義貞です。

鎌倉時代が終わり、当時の幕府を倒幕した新田義貞と足利尊氏の戦いを経て、室町時代が始まった日本ですが、その後の足利義満の時代には当時の中国王朝である明との間で勘合貿易が始まります。

そして遠洋航海技術を発達させ、南蛮貿易として各東南アジア諸国へと長崎を通って日本人は渡っていき、有名なところではタイのアユタヤで日本人街を盛り上げた山田長政が登場していきます。

ガレオン船を使った中国ーフィリピンーメキシコースペインを繋ぐガレオン貿易が行われていたフィリピンでは、中心地がセブからマニラへと移っていきました。

キリスト教が布教され、徐々に統一国家として輪郭を帯びてきていましたが、南部のミンダナオ島やパラワン、スールー海峡近くの場所ではイスラム勢力が強く、徐々に北部のルソン島マニラとは差が広がっていきます。

今でもフィリピンの首都はマニラですが、自分はマニラよりもセブやダバオの方が断然好きです。マニラはセブやダバオと比較できない規模感ですし、経済的な中心地です。

しかし、セブやダバオの住みやすさや、他の東南アジアの首都、例えばクアラルンプールやバンコクと比較した時に、空気の悪さやあの独特のギラついた感じは、ちょっと住みたいと思える場所ではありません。

セブも綺麗とは言い難いところではありますが、マニラよりはマシです。ダバオは断然に清潔感があり、住みやすそうな印象を受けました。また、日本とも縁の深い場所です。

ただ、マニラのように大都市ではないので、若干退屈になる可能性はあります。

それを考慮すると、セブが妥当な感じです。セブも、マニラと比べれば大きい都市という感じではないのですが、セブの中小規模感がまたいい感じです。

セブのマリン・アクティビティ、シャルガオやミンダナオでのサーフィン、魚を使った料理、中華やスペインの影響を受けた文化、明るくフレンドリーでホスピタリティの溢れる国民性などを、今後このブログで発信していきます。

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洋楽から学ぶ英語④ショーン・メンデス

Photo by Jacob Morch on Pexels.com

今日は、カナダのシンガーソングライターであるショーン・メンデスの“ If I Can’t Have You ”の歌詞から借りて、センテンスを学びたいと思います。

カナダのトロント出身のシンガーで、若く爽やかなイケメンですが、“ If I Can’t Have You ”の曲みたいに勢いがあって直球ストレートのような伸びのある感じが良いです。

また、アメリカンと比較するとカナダ人の英語は比較的にニュートラルな英語で聞き取りやすいです。加えて、歌詞もシンプルで長くないため、リズムに合わせながら聞き取るのも苦しくないと思います。


If I Can’t Have You

I can’t write one song    君についての歌詞しか書けないよ
That’s not about you

Can’t drink without thinking about you 君のこと考えすぎてお酒だって飲めないさ

Is it too late to tell you that  君に伝える遅すぎたのかな

Everything means nothing  君と付き合えないなら全て意味なんてないんだ
if I can’t have you?


個人的に、これくらいシンプルでストレートな歌詞と勢いのあるポップスが気分も上がるし、いいですね。

カナダはまだ行ったことがないのですが、オーストラリアよりも留学先として人気があるような気がします。カナダ人はアメリカンよりも押しが強くないイメージもありますしね。

バンクーバーには一度行ってみたい。