ペルーと日系移民


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マーヨン・ハポン(ビザヤ語で”こんにちは”)義貞です。

前回、ペルー料理とフィリピン料理のアドボに親和性がある話をしました。

両方ともスペインの「漬ける」という意味から派生しています。その料理名から、スペインが太平洋を越えて絶大な支配権をもっていたことが歴史的にわかります。

そもそも、なぜスペイン人およびヨーロッパ白人は絶大な力をもって他の文明を支配できたのか。ペルーにはインカ文明がありましたが、スペインの圧倒的な力によって滅ぼされました。

フィリピンは、国名に「フェリペ2世」の名前を付けられてしまうほどに支配され、ペルーの言葉はスペイン語ですし、タガログ語も様々な単語でスペイン語の面影があります。

いまやスペインは帝国時代の片鱗も見られないほどに衰退していて、ポルトガルと同様に過去の栄光とはほど遠い状況ですが、帝国が遺した爪痕は残ります。

さて、そんなペルーにも日本からの移民が居たのは知っての通りです。南米はブラジルが日系人で有名ですが、ペルー、特に首都のリマには多くの日系人がいまも暮らしています。

昨年の2019年は、ペルーへの日本人移住が120周年ということで、記念事業が行われ、秋篠宮の長女眞子様がペルーを訪問しました。

ハワイ移民もそうですが、サトウキビ畑の開拓で海を渡ったようです。ちょうど幕末から維新への開国の中で、時代の急激な変化が起こり、それまでの安定した江戸時代は終わりました。そういう時代には、一旗揚げようと海外へ飛翔する人たちが出てくるものです。前回ブログ:ハワイと日系移民https://bit.ly/2P7LvdE

投稿者: 海外侍 義貞

こんにちは。海外侍の義貞です。Cebu Samurai Warriorsの管理人です。 このサイトでは効率的な英語学習とフィリピン・セブ留学、オンライン英会話の有効性などをメインに紹介していきます。TOEIC 885点

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