タイの騒乱から見る社会の変化


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どうも、海外侍の義貞です。

日本でも少し取り上げられているのでご存知かもしれませんが、タイでは今、反政府のデモ集会が行われています。

タイに住んでいる日本人の友人や知人が現地で撮影した動画を送ってくれたので見てみたのですが、過激な行動を行っているわけではなく至って平和的に行進が行われています。

タイでは度々騒乱が起こるのですが、今回はいわゆるタクシン派VS反タクシン派の先鋭的な闘いというよりも、学生や若者たちによる現状に対するNOという意思表示が強いです。

特質すべき点は、単に軍事政権への批判のみならず、王室を批判しているところにあります。タイでは王室への批判は重い罪、最悪、死にさえつながる絶対的な権威でした。今、それが揺らいでいる、それだけ国民が現在の王室に対して不満を持っている表れとなっています。

タイの騒乱の歴史を振り返ると長くなるので、直近の10年間で見てみましょう。

10年前、2010年時には内戦を思わせるような激しい対立がありました。当時の政権を担っていたアピシット首相(イギリスの大学を卒業したイケメンのエリート)がタクシン派(元首相派。タクシンの歴史を話すと長くなるので割愛)のデモを抑えるために国軍を投入して発砲を許可したことで多くの死傷者を生む悲劇となりました。

ミャンマーのデモの時と同様に、日本人カメラマンがこの銃撃戦でなくなっています。

このことがきっかけでアピシットは国民からの信頼を失い辞職。そして次に政権についたのがタクシン元首相の妹であるインラック(中華系の美人)でした。

2011年の大洪水の混乱の後、再び2014年頃からインラック政権に対する軍人たちの反乱が起こり、そこからまた反タクシン派とタクシン派の争いが再燃。バンコクロックダウンと呼ばれ、人波で都市機能が停止するほど反タクシン派のイエローデモが行われました。このクーデターによってまた軍人たちが政権を奪取。現在のプラユット首相に交代します。

その後、2016年に国民から絶大な人気を誇っていたラーマ9世国王が崩御。これを機にタイは喪に服するということで、1年間は非常に静かなトーンに変わりました。ラーマ9世は偉大な人物であり、国民に寄り添う王として君臨しており、騒乱が起こった時も仲裁に入って諫めることができるカリスマを持った存在でした。

そのカリスマ王の息子が現在のラーマ10世なのですが、この方が面白いくらいダメ息子というところがまるでドラマを見ているようです。結婚離婚を繰り返したあげく、何人もの愛人を抱え、ドイツにも愛人がいて遊び呆けるダメさを極めたような人物です。

今回、若者たちの怒りが爆発したのは、このコロナ禍において国民のことは微塵も考えず自分だけ愛人と一緒にドイツに避難したこの王は何だということです。

僕もタイで王室の車が通るのを見たことがありますが、全ての車が止められて道をあけられ、そこを高速で王室関連の者たちが乗る高級車がビュンビュン通ってました。

タイで王室関連の人間たちを迎える時は土下座のようにして頭を下げて迎えないといけません。いくらなんでもそこまでするのは前近代的すぎます。

今回の若者たちの反発がどのような形になるか予想できませんが、イデオロギー的な対決ではないので、市民同士が痛め合うということにはならないと思います。しかし、そう簡単には王室改革や軍事政権の改革にもならないはずです。熱量が沈静化してきても、引き続き少しずつ変えていくという作業ほど苦労が多いものはありません。

タイの歩みは1歩進んで2歩下がるという感じなので、2歩進んで1歩下がるくらいにするこができたらすごい。それでも、タイの若者たちは偉いなと思ってます。

投稿者: 海外侍 義貞

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