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海外侍シリーズ②山田長政 アユタヤ王に仕えた侍

majestic sunset sky over big buddha statue
Photo by Valeriy Ryasnyanskiy on Pexels.com

どうも、海外侍の義貞です。

前回、取り上げた支倉常長と同時代の侍として同じく海外に飛翔した人物がいます。それが山田長政です。

駿河出身の彼は関ヶ原の戦い以後、戦う場所を失い海外へと渡ります。この辺が面白いですね。武士として命がけで仕える場所を失う=仕事失うみたいなものなので、彼は自分探しの旅に向かったのかもしれません。

当時は朱印船貿易が活況を呈していたので、長崎奉行を通って、台湾から当時のシャム国(現タイ王国)へと赴きます。当時のタイはアユタヤ王朝ですので、アユタヤで貿易商などをやろうとしていたのかもしれません。そこから日本人傭兵部隊に参加した長政は、瞬く間に頭角を現し日本人町の頭領へと上り詰めます。

当時のスペインはフィリピンを支配している最中で、そこからタイの方へも進出しようとしていました。マライ王国はポルトガルの手に墜ちたので、アユタヤ王朝を支配下に入れたかったのかもしれないですが、そのスペイン艦隊を2度に渡って退けたのが山田長政でした。

その功績から当時のアユタヤ王でソンタム王に認められ、高い官位を与えられたうえ、王女とも結婚。異例の大出世を遂げ、海外の地で自己実現を果たしました。

ソンタム王が亡くなった後は、政局に巻き込まれたり、貿易権をめぐる華僑勢力との対立に巻き込まれたりして戦いの中で悲しい死を遂げてしまいますが、今でも長政は伝説の人物として語り継がれています。

興味深いところとして、当時は傭兵なる職業があったということです。今でいえば軍人ですが、外国で軍人として働けたということです。というより日本は資源がない国ですので、輸出できるといえば「人」なのです。

その後のハワイ移民にしても、ブラジル移民にしても農業に従事する労働力を求められたから日本人は海を渡りました。そしてハワイでも、ブラジルでも日系人たちは高い評価を得ています。なので日本人が海外で活躍できない、なんてことは全くありません。

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