に投稿

洋楽から学ぶ英語②クリスティーナ・アギレラ

どうも、義貞です。

さて、洋楽から学ぶ英語ということで、エイバ・マックスに続きクリスティーナ・アギレラの歌詞から借りてきたいと思います。

クリスティーナ・アギレラはエクアドル出身の父親とアイルランド系の母親を持ち、軍人だった父親の仕事で世界の米軍基地に駐留し、日本にも住んだことがあるようです。

クリスティーナの歌声も、すごい伸びの良さと力強さがあり、響き渡る音量です。個人的に好きなタイプの歌手です。

Ain’t No Other Man“から、ここで使われるAin’tについて説明していきます。

よく洋楽の歌詞ではAin’tが登場しますし、アメリカ人はこの言い回しを好んで使います。Ain’tは am not、is not、are not、have not、has notを短縮したものです。

たかしに、am notというよりain’tと使った方がより音が短縮され、歌詞にしやすいということがあるかもしれません。巻いていくように言葉を繰り出していくアメリカ人的には、より言いやすい表現のような気がしています。

ただ、このスラングは通常ではあまり品の良い表現ではないようです。英語の教科書などでは出てこない表現ですが、ネイティブのアメリカ人同士は比較的によく使っています。ですので、教科書的ではないが、覚えていて損はない表現です。

Ain’t No Other Man『他の男じゃダメなのよ』といった感じでしょう。少しサビの部分を見ていきましょう。

Ain’t no other man that can stand up next to you 他の男じゃダメなの、あなたの隣には

Ain’t no other man on the planet does what you do 地球上のどの男でもダメなのよ、あなたのように振る舞えない

You’re the kinda guy a girl finds in a blue moon あなたのような男はめったに見当たらないわ

最後のセンテンスのkindaもよくネイティブが使います。「kind of」(一種の)の短縮系でkinda cool(なかなかクールだ)みたいに使います。in a blue moonも一見何だ?と思いますが、これは直訳すれば「青い月」になりますが、青い月はめったに見ることがないので、めったに~ないのような表現となります。

に投稿

『愛の不時着』と朝鮮戦争、韓国と英語

どうも、海外侍の義貞です。

本日は最近話題になっている韓国ドラマ『愛の不時着』をトピックとして、朝鮮戦争の歴史、現代韓国の英語熱などについて紹介していきたいと思います。

韓国ドラマ『愛の不時着』の人気によって、第3次韓流ブームと言われている昨今、『冬のソナタ』が流行った第1次の時はまだ自分は高校生でした。なので最近のBlack PinkやBTS、TwiceやMamamooなどのK-popアーティストたちの隆盛を観ると、時代の変化をより感じられます。先述のエイバ・マックスもBlack Pinkとコラボしたいといっています。

『愛の不時着』は、財閥の令嬢がパラグライダーをやってる時に竜巻に巻き込まれて北朝鮮に不時着し、北朝鮮の兵士に介抱されて韓国へ脱出を試みる中でお互いに愛が芽生えるというストーリーです。

これは現実的にはありえないシナリオですが、現実的にありえない事を妄想するのがロマンスであって、そこに大きい障害があるからこそ、見ている方は感情移入するものです。

そもそも、なぜ半島が分断され別の国になっているのかを知っていこうとすると、いきつくのは『朝鮮戦争』です。朝鮮戦争は、その後のベトナム戦争へも繋がる悲劇的な戦争です。

第二次世界大戦以後、世界の統治を巡ってアメリカとソ連は対立し、冷戦に突入します。日本の植民地支配から解放された朝鮮の所有は、西側のアメリカ、東側のソ連のどちらに属するのかと二つのパワーが争うことになります。そこに、もともと朝鮮を属国としていた中国が介入し、中ソVSアメリカの戦いが始まります。

朝鮮半島は太平洋へ向けて突き出された大陸への架け橋のような場所であり、アメリカとしては、ここに自国軍を配備することで中国とソ連ににらみをきかせたいと常に思っています。

あと一歩のところで中ソ側に占有されるところを、アメリカ&国連軍が挽回し、38度線で膠着してから現在に至ります。

韓国へ旅行した方は分かると思いますが、韓国の都市で電車に乗ると軍隊服を来た兵士たちをよく見かけます。韓国は今でも戦時下なのです。

さらに韓国の経済体制は一部の財閥によって完全に固定化されています。そのため、日本の学生が大企業に入りたいと思うのとは比べものにならないほど、一部の大企業に入るための熾烈な競争が起こっています。

財閥企業は同時にグローバル企業のため、日本では考えられないくらいの高い英語力を要求されており、それゆえ韓国では英語を学習することが必須とされています。

そのため、韓国では早いうちから英語留学が始まり、まずは英語圏であるフィリピンで缶詰になってマンツーマンで学習するというスタイルが一般的になりました。

マニラやセブの学校で英語力を上げてからアメリカやカナダなどのネイティブ圏に行くというルートを取っており、ベイシックレベルならフィリピンで良いという考えです。

そのような考えからみると、韓国の方が日本よりも海外に対してはオープンであると思います。逆にいえば、海外からの巨大な力と国内の巨大な力のサイクルの中で、韓国は外に対してオープンでないとやっていけないというのがあるかもしれません。

Black Pinkのリサはタイ人ですし、Twiceには日本人も台湾人もいます。そのオープンさと多様性を保つ事がk-popを世界レベルまでステージを上げたといっていいでしょう。

LINEで割引クーポン配布中!韓国レディース服店CUTE CHERRY(キュートチェリー)

に投稿

洋楽から学ぶ英語①エイバ・マックス

最近怎么样 How’s it going?

今日は洋楽から学ぶ英語のフレーズを紹介したいと思います。

最近はエイバ・マックスの曲を聴いてるので、彼女の歌詞からセンテンスを借りようと思います。

エイバ・マックスはアルバニア系の移民で母親はオペラ歌手であり、幼少期から音楽に親しんでいようで、彼女の伸びと張りのある声とテンポの良いメロディーがすごくフィットしています。

どことなくクリスティーナ・アギレラにメロディや声が似ていている。       アメリカ人女性らしいパワフルさと、アメリカ人らしからぬ身長と可愛らしい見た目が好みです。

エイバ・マックスのYoutubeから抜粋

Sweet but Psycho“という曲でブレイクした彼女ですが、その曲とは別の”So Am I“から歌詞のセンテンスを引用したいと思います。

So Am I“は「私もそうです」という意味なので、”Me too“と同じなのですが、”Me too“はよりカジュアルな表現で「私も」といった簡単にした言い方です。

“So Am I”と言うときに、なんで”So I am“でないのかな?っと思うのですが、これはフレーズとして覚えるしかないですね。

(例)I’m from Tokyo. −So am I.
「私は東京出身です」「私もですよ」

この曲は最初からサビで飛ばしていきます。

Do you ever feel like a misfit? 「あなたは適合できないと感じてない?」

Everything inside you is dark and twisted 「心の奥にある暗闇とねじれ」

but it’s okay to be different 「でも、違っていても平気よ」

Cause baby, So am I「私もそうだから」

エイバ・マックス自身、学校に適応できなかったとカミングアウトしているので、「違って良いんだよ」というメッセージは説得力があります。

アーティスト系の人たちは感性や表現力が豊があるがゆえ、近代的な学校教育の枠にはハマりません。

学校教育に適合したアーティストっているのかな。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 今までになかった全く新しい英会話スクール「アクエス 」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 今まで英語が話せずにあきらめかけていたあなたへ!! 全く新しい英会話スクールで、 効果的に英会話が上達する独自カリキュラムを持つ「アクエス」 日本人講師とフィリピン人講師が 交互にレッスンしてくれるユニークなハイブリットスタイルで、 あなたの英会話力UPをばっちりサポートしてくれる 今だけお試しレッスン5回×50分がなんと0円で受けられる!! 「アクエス」英会話スクールで、新しいあなたを発見しよう!! https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=3BFMPA+F0LNLU+4D4Y+5YZ77

に投稿

オンライン英会話③Tomodachi-USA

Photo by Pixabay on Pexels.com

どうも、義貞です。

本日はオンライン英会話の紹介第3弾です。

オンライン英会話も群雄割拠しており、コロナ禍によって英語学習もオンラインでの受講が一般的になってきたとはいえ、沢山あるのでどのスクールがいいのか選ぶのが大変です。

今回紹介するオンライン英会話スクールはシステム的に何か真新しいわけではないのですが、「ハワイ」からのサービスということで興味をもったのでご紹介します。

『Tomodachi-USA』https://www.tomodachi-usa.com/は、ハワイ発のオンライン英会話教室です。ハワイはアメリカの50番目の州ですので、アメリカ人教師たちです。代表の方も、もともとはご自身が英語教師だったようで、50代以降にハワイ大学に留学して起業家コースを受けるなどかなりアクティブな方であると思います。

英語教師であったことから、日本の英語教育で改善されるべきことについてのポイントを抑えている方です。

①覚えること中心の受け身の勉強で実践での活用がない。             ②試験で良い成績を取ることが目的化されており、間違いを恐れるようになっている。

私としても完全同意なのですが、そもそも学校教育で一律で『英語』を勉強させることにあんまり意味がないと思っています。なぜ5科目の中に英語が含まれているか、今振り返ると謎でしかありません。試験の点数で比較されることによって、英語へのアレルギーや反発感みたいなのが生まれてロクなことがありません。

今思うと化学や世界史とかを勉強するほうがよっぽど重要だと思うのですが、日本の教育目的が「テストで高得点を取り、有名大学に入学し勝者になること」が主眼とされているので、本来的な学生たちの興味を引き出すものではないところが問題だと思っています。

「英語を話せる」から何なのか?目的はその先であり「英語」そのもの自体にはないはずです。海外の事象に興味があったり、外国人とのコミュニケーションを行いたいとか、海外旅行で困らないくらい話たいとか、仕事で使用しなければならないとか、理由・目的は様々なので、そちらの方が大事であって学校教育で一律の英語学習は必要ありません。

話はずれましたが『Tomodachi-USA』を利用してみて、ハワイに興味を持ちました。ハワイへの旅行やレジャーやエンタメや食事などもそうですが、私はちょっと変わっているので「日系移民の歴史」です。どのように日系移民たちがハワイで生活し、コミュニティを作り、人生を歩んできたかという名もなき人々の歴史に非常に興味があります。

個人的にそれを探求していきながら、現在のハワイの情報を先生から教えてもらっていく予定です。ちなみに私の先生はハワイ生まれのフィリピン人ですが、ハワイアンなので私の方がフィリピンには詳しいです。ハワイからはカリフォルニアが一番近いです。ハワイもカリフォルニアもアメリカの中でアジア系が多い場所ですね。

今すぐお得に美味しい有機野菜や無添加食品を味見♪
に投稿

ハワイと日系移民とフィリピン

Photo by Tyler Lastovich on Pexels.com

どうも、義貞です。

以前から日系移民の歴史に興味があるのですが、オンライン英会話にハワイ発の『Tomodachi-USA』というスクールがあるのですが、それはあとで紹介するとして、まずハワイと日系移民、そして現在のハワイにはフィリピン系も多いのでご紹介したいと思います。

そもそも日系移民とは

日系移民の歴史は約150年前に遡ります。それ以前にも南蛮貿易などで海外へ飛翔し、現地に日本街を作った日本人はいましたが、江戸時代に鎖国した後は、基本的に海外とのやり取りは一部の国や場所に限定的になりました。

江戸時代は、日本の歴史において最盛期であり、様々な文化が花開き、外国との争いもなく平和な時代でした。本格的にヨーロッパ諸国の植民地主義の脅威が日本へ近づいてきて、開国による近代化への道を開ていきます。ただ、鎖国当時の日本でも漁師などが度々漂流し、海外の船に救いあげられて外国へ行く事例などは発生しており、海外と交流する機会を持っています。



有名なところでは、アメリカの捕鯨船に助けられたジョン万次郎がいますが、彼は明治維新後の日本で英語通訳や教師として大活躍します。

当時のハワイ国は砂糖産業が活況を呈し、人手が足りなくなっていました。ハワイ国で人口減少があったのと、ゴールドラッシュ時のカリフォルニアで砂糖需要が劇的に上がったことで、労働者を必要としていました。そこで白羽の矢があたったのが日本からの移民労働者です。

明治維新以降、それまでの士農工商の秩序がなくなれば、豊かになる人も出てくれば貧しくなる人も出てきます。変化の時代というのはそういうものであり、それは仕方ないのですが、人口が増加していた日本では労働者はいました。多くは農民のため、仕事があれば海外に移住して一旗あげたいと思っていたと思います。

そして日本はハワイ王国からの要請を受けて、日本人移民がハワイへ向かうことになります。当初予期していたほど、現実は極めて厳しく、農地に居つかざるを得ない状況になりました。この辺りは日系ブラジル移民も似ています。ただ、なんだかんだで日本人は我慢強いし、勤勉で、当地に根付こうとします。

徐々に日系移民が増えていき、ハワイでは最大規模をほこるようになったようです。ただ、知らなかったのはフィリピンからの移民もいたということでした。フィリピン発のファストフード店「Jolibee」はオアフ島やマウイ島に数店舗あるとのことで、カリフォルニアに多く出店しているのは知っていましたが、ハワイにもあるようです。

見るだけで癒されるハワイのビーチ

日系移民たちは農民が多かったですし、「農耕を行う」=「定住すること」なので、人が増えていけば子供の数も増えるし、産業が農業であれば食べることには少なくともできるということがあるかもしれません。

今後もハワイ移民の歴史については追っていこうと思います。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 今までになかった全く新しい英会話スクール「アクエス 」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 今まで英語が話せずにあきらめかけていたあなたへ!! 全く新しい英会話スクールで、 効果的に英会話が上達する独自カリキュラムを持つ「アクエス」 日本人講師とフィリピン人講師が 交互にレッスンしてくれるユニークなハイブリットスタイルで、 あなたの英会話力UPをばっちりサポートしてくれる 今だけお試しレッスン5回×50分がなんと0円で受けられる!! 「アクエス」英会話スクールで、新しいあなたを発見しよう!! https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=3BFMPA+F0LNLU+4D4Y+5YZ77
に投稿

フィリピン歴史⑤アメリカによる植民地化

Photo by Tim Mossholder on Pexels.com

どうも、義貞です。

今日は、アメリカによる植民地化という点からフィリピンの歴史を見ていきたいと思います。前にブログで少し書きました。⇒『フィリピン、グアム、ハワイとアメリカ』https://bit.ly/30ALQwd

アメリカという国は、誕生してからまだ200年ちょっとの歴史しかありません。英国国教会に反発した清教徒(ピューリタン)であるピリグリム・ファーザーズたちが、メイフラワー号に乗り”約束の地”である新大陸に入植して最初に13州の領土を築きます。

その後、マニフェストデスティニー(明白な天命)を掲げ、13州からより西部へと開拓を進めていくのです。イギリスからやって来たアングロサクソンたちが、元来からそこに住んでいた先住民であるインディアンたちを次々と殺害し、自分たちの領土を拡大させていきました。

レヴェナント』というレオナルド・ディカプリオ主演の映画があり、開拓当時をモチーフとして描かれているのでなかなか面白いです。

西部を開拓していきアメリカ領土は拡大していきますが、当時西側のカリフォルニアなどはメキシコ領でした。ヌエバ・エスパーニャ(新スペイン)から独立したメキシコが西側のカリフォルニア州から南部テキサス州までを領土としていましたが、その後テキサスが独立します。そして、西部目指してExpand(拡大)してきたアメリカとの間でテキサスの所属を巡りメキシコと戦争が起きるのです。それが、「米墨戦争」です。

この戦争にアメリカが勝利し、カリフォルニアを獲得します。もともとメキシコ領だったこともあり、カリフォルニアの都市はサンフランシスコサンノゼなどスペイン語の響きが残っています。


アメリカの植民地主義

北米大陸を手中に収めたアメリカは、19世紀にヨーロッパで世界大戦が勃発すると、旧大陸とは距離を置きはじめます。モンロー主義(孤立主義)によって、ヨーロッパの植民地拡大には関わらないという立場をとっていました。

しかし、イギリスとフランスが植民地戦線を拡大させるなかで、太平洋のハワイにまで領土の狙いを定めていました。ハワイは太平洋上でアジアへも開かれており、アジアへ歩を進める補給地として妥当な場所でした。その時にスペイン領であるキューバを巡り、アメリカとスペインで戦争が起こります。それが「米西戦争」です。

米西戦争に勝利したアメリカは、スペイン領であったプエルトリコ、グアム、フィリピンを獲得します。1800年代の終わり頃ですが、フィリピンは独立のためにアメリカと一緒にスペインと戦いました。スペインを倒したフィリピンは200年におよぶ植民地化が終わるかと思いきや、今度はアメリカによって植民地化されます。米西戦争に次いで「米比戦争」が起こりますが、スペインに勝利したアメリカに勝てるはずもなく。

歴史を追っていくと、アメリカはメキシコ、スペイン、フィリピン全てに勝利していますね。歴史的に戦争で負けたことがない(ベトナム戦争は部分敗北)のがアメリカです。だからこそ、「負け」を想像できないし、それは許されないのがアメリカと言っていいでしょう。

アメリカの植民地であるがゆえ、フィリピンは英語圏になってしまったのですねー。

に投稿

フィリピン歴史④レイテ島とマッカーサー

Photo by Krisia Vinzon on Pexels.com

どうも、義貞です。

自分は歴史が好きなので、今回は近現代の歴史に絡めた話にしたいと思います。

誰もが知っているように、日本とアメリカは太平洋戦争で戦っていました。

不幸にもフィリピンは、そんな日本とアメリカの戦況拡大の犠牲になった場所でもあります。戦時中に多くの被害を被ったフィリピンでは、かつて戦地となった場所を訪れると戦闘の説明などが書いてある跡地があります。

レイテ島の後に、北部ルソン島の戦いがありますが、パンガシナン州のリンガエン湾を訪れた時は、そこが戦地であったことさえ知りませんでした。リンガエン湾は幅が広く戦艦で上陸するには降りやすい場所ということもあり、日米両方が上陸しました。

戦いに参加していたのは、日米だけでなく、フィリピン勢とオーストラリア勢も加わっていました。やはり、太平洋に面していると主に米国やオーストラリアが相手となります。

ちなみに、タイではミャンマーとの国境付近にあるカンチャナブリー県で日本軍が英国やオーストラリア軍の捕虜を使ってクウェー川に橋をつくらせ、タイとミャンマーを繋ぐ鉄道の建設を行っていました。(映画『戦場にかける橋』参照)

さて、当時、大本営は戦況は優位にあると考えていました。それは台湾沖の空戦で日本がアメリカ軍に多くの損害を与えたと戦況を判断したことに始まります。本来的にはルソン島(リンガエン湾)に配備するはずであった陸軍を、レイテ島の防衛にまわし、作戦を急きょ変更します。

しかし、この作戦変更は大失敗に終わります。そもそもマニラからレイテ島までの距離は東京から岡山くらい離れており、制空権はアメリカ軍が握っている中で、レイテ島まで兵隊を移動させながら、物資などを補給させることが困難であったからです。

Logisticsは兵站という意味ですが、もともとは軍事用語です。戦術や戦略にならんで、兵站をタイムリーに確保することは、戦闘において非常に重要になります。この補給の見通しが甘かったゆえに、日本軍は多くの餓死者を出すことになりました。

そして、そこで登場するのがダグラス・マッカーサーです。レイバンのサングラスとパイプが特徴で(ブルース・ウィリスに似たタフないでたち)、一度離れたフィリピンへと戻ってきます。彼がフィリピンを離れる時に言った言葉が「I shall return(俺は戻ってくる)」です。

Shallという単語には、義務感のような意味が含まれています。ですので、ここでは一度退避するが、必ず戻ってくる、その義務があるということを意味します。willは意思を表す助動詞ですが、shallの方が義務の意味が強いです。ですので、ビジネス契約書などでは、このShallを使用した言葉遣いが多くなっています。

マッカーサー・メモリアル

レイテ島のタクロバン市に行くと、マッカーサー・メモリアルなる記念像があります。まだ行ったことがないのですが、次回フィリピンを訪れる時は行ってみたいと思います。ただ、レイテ島よりもさらに日本人に知られていないルソン島リンガエン湾の方が個人的におススメです。そこからさらに北上してバギオに行けるからです。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━[PR]━┓  高速・多機能・高安定レンタルサーバー『エックスサーバー』  ───────────────────────────────── ・月額900円(税抜)から、大容量200GBからの高コストパフォーマンス ・安定のサーバー稼働率99.99%以上 ・高速性を重視し、最新20コアCPU(Xeon E5シリーズ)+192GBメモリ  +RAID10を採用! ・幅広いバージョンのPHPやSSHに対応! ・初心者でも安心の24時間365日メールサポート!  ─────────────────────────────────   https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=3BBWO1+G9ULKY+CO4+5ZU2B ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
に投稿 1件のコメント

フィリピンのタクシー内で聞ける80’S アメリカン・ポップス

Photo by Jeremy Semanhyia on Pexels.com

どうも、義貞です。

フィリピンでタクシーに乗ると、大体のタクシードライバーがラジオを聴いています。この時点で日本のタクシードライバーと決定的に違うのですが、世界的にタクシードライバーはラジオで気分を高めています。

オーストラリアでも、イギリスでも、タクシードライバーは普通に音楽を流していました。オーストラリアで、インド系のドライバーはインド音楽を大音量で流していてさすがに気が滅入りました。人種的にひとくくりにしてはいけないと思いますが、インド人ドライバーは大抵うざい。クアラルンプールから空港までタクシーに乗ったら、その道中永遠と話しかけられ、最終的にその分の料金までふっかけられました。

なので、海外ではタクシードライバーは音楽を流すのです。さてフィリピンのタクシードライバーたちは30代以上のおじさんたちが多いこともあるからなのか、昔懐かしいアメリカン・ポップスを聴いています。例えば、JourneyやAir Supplyなどです。

自分も80年代のアメリカン・ポップスが好きなので、たまにYoutubeで見つけると聞いてしまいます。JourneyのDon’t stop believin’などは気分を盛り上げてくれますね!

アーネル・ピネダ

加えて、Journeyの新メインボーカルはフィリピン人です。スティーヴ・ペリーがメインボーカルを脱退した後にバンドは低迷していましたが、Youtubeでフィリピン人でJourneyの曲をカバーしていたアーネル・ピネダが見出されます。アーネルは路上生活少年として生活していたこともあるほど貧しかったのですが、Journeyに見出されたことで一躍フィリピンのスターになりました。

に投稿

フィリピン、グアム、ハワイとアメリカ

Photo by NICE GUYS on Pexels.com

どうも、義貞です。

今回はスペイン帝政の時代から少し時を巻き戻していきたいと思います。どんな帝国も永遠に繁栄することはありません。帝国は少しずつ内部から壊れていき、そしてドラスティックに変わります。帝国が衰退する際には、また新しいパワーを持った国が出現してくるのが歴史の常です。

フィリピンとメキシコを繋ぐガレオン貿易によって大繁栄を築いたスペインですが、大航海時代の競争は激化し、イギリスやオランダ、フランスなどの勢力が拡大していきます。それとともに、メキシコやフィリピンでは独立を求める声が徐々に大きくなり、フィリピンでは革命家のホセ・リサールやエミリオ・アギナルドなどが登場してきます。

メキシコがスペインから独立を果たすと、いよいよスペイン帝国は崩壊していきます。新大陸アメリカをめぐる戦いが激しくなっていくとともに衰退し、アメリカ自体が新しい国家として台頭した時には、スペインは覇権国の地位を退かざるを得なくなります。

19世紀には米西戦争が勃発し、フィリピンもそれに巻き込まれます。フィリピンは海洋国家で、太平洋にむき出しで面していたというところに不幸があります。19世紀の戦いは海洋国同士の覇権争いであり、アジアから太平洋に出ていくまさに絶好の場所にフィリピンはあるのです。

スペインとの戦争に勝利したアメリカは、グアムとともにフィリピンを獲得します。アギナルドもせっかく米国に協力してスペインに勝ったと思ったのもつかの間で、さらに米国から支配されるという時代に突入するのです。大航海時代が終わり、帝国主義と植民地主義の時代が始まります。

ハワイも、グアムも、フィリピンも圧倒的な力によって米国の軍門に下ります。スペインからアメリカへと最強の帝国に立て続けに支配されるという本当にアンラッキーな歴史を歩んでいるフィリピンです。

多数の島数によって統一国家としての体を成せず、繁栄のおこぼれをもらえるマニラと抑圧によって怨念が溜まるミンダナオという歴史も作られてしまいました。マニラの中心であるマカティでホテルに泊まると、悲しいくらいアメリカナイズされているのを感じることができます。アメリカナイズされていて、明るくてフレンドリーで、しかし融通が利かないところがあり、それでいて緩い空気感がありながら、どことなく危険な感じを覚えるマニラ。

セブに対しては素直に好きな場所と言えるのですが、マニラに対してはちょっと微妙な感じになってしまう。クアラルンプールやバンコクなど他の東南アジアの大都市と比較しても、なぜか違った空気を感じてしまうのは、やはりフィリピンが独特の歴史を経てきているからなのでしょう。