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イギリス人は”Cheers!”をよく使う

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What’s up, guys? 海外サムライの義貞です。

今回は、またイギリス人の使用する英語について取り上げたいと思います。

イギリス英語は、アメリカ英語とは違い、発音やイントネーションが品のある感じがします。イギリスの場合、階級社会なので階級によって話すイントネーションがかなり異なりますし、地域によっても様々です。

ロンドンを北上した第二の都市(今ではマンチェスターの方が第二の都市とされますが・・・)バーミンガムはかなり聞き取りにくいアクセントやイントネーションがあります。

また、ハリウッドでもよく知られるベネディクト・カンバーバッチやキーラ・ナイトレなどは完全に上流階級のアクセントです。

さて、一般的なイギリス人はよく”Cheers”を使います。これは、いわゆる「乾杯!」ということではなく、この”Cheers”はどんなことにも使用することができます。

挨拶にもなるし、お礼をいう時にも使いますし、特にイギリス人男性は”Cheers mate”をほんとうによく使用します。イギリスに留学や旅行に行かれたことがある方はまず聞かない日はないほどではないでしょうか。

“mate”は「友」のような意味になっています。アメリカ的に言うと”Thanks my friend”となるでしょう。それをイギリスでは”Cheers mate”と言います。

イギリス英語(そもそも英語というくらいなのでイギリスの言葉なのですが)は、アメリカ英語がグローバル・スタンダードになったことによって、その通用性が落ちましたが、僕はけっこうイギリス英語のアクセントが好きですし、かっこいいと思います。

アメリカ英語はハワイに到達し、そこからグアムやフィリピンまでを取り込んでいきましたが、大西洋の方では(ヨーロッパがアメリカを見下しているところもあり)その影響力を発揮できていない気がします。

イギリスはブレクジットがあったとはいえ、やはりヨーロッパ大陸に近い国なので、アメリカとはまた違う一面があり英語も違います。ヨーロッパが好きであればイギリス英語を学ぶ方がよいかもしれませんね。

 

 

 

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義貞読書録①『深夜特急』沢木耕太郎

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どうも、海外サムライの義貞です。

フィリピンというニッチな国、東アジア文化圏からも外れている東南アジアの中の1国でありながら西欧文化や米国文化に多分に影響されている不思議な国に興味を持つようになったのはセブ留学したことがきっかけでした。

その当時はバックパッカーでもあったので、東南アジアやヨーロッパの一部の国を旅していました。

そういう若い人は昔よりもだいぶ少なくなったのかもしれませんが、自由な旅好きはいつの世も存在します。そんなバックパッカーたちのバイブル的な本が沢木耕太郎の『深夜特急』です。

90年代にはドラマ化もされた本作ですが、この本を読んでバックパッカーになった人は多いですし、私もその中の1人です。「地球の歩き方」を片手にそれほど知られていない観光場所を回ることがカッコいいと思ってしまっていた時期ですね。

『深夜特急』の内容には、ビルドゥングスロマンの香りがします。

ビルドゥングスロマンとは、主人公の性格や思想、人間的成長の過程を描くものですが、80−90年代くらいの時代にはその要素が多分にあったような気がします。

ビルドゥングスロマンといえば聞こえがいいのですが、ある種のマッチョな側面もあります。旅を通しての修養というか、「強くなる」ための旅というか、精神修養的な面がありますよね。

沢木耕太郎のノンフィクション作品や小説には、そのような男性的マッチョな側面を感じ部分が多々あります。

僕もそういう部分に共感する気持ちがありますが、同時に「強さ」を求めすぎるのはどうなのかな、と感じる部分もあります。「強さ」がなりふり構わないものになっていくことには自覚的であった方がいいと思いますし、なにより「強さ」だけを求める修行僧みたいな行いは楽しくないですよね。

僕は音楽や文化とか、楽しいことが好きです。旅も楽しいから旅するわけで、いまや「強くなる」ために旅する人間なんていないだろうと思うわけです。だから「強さ」を他人にも求めすぎるのはよくない。

そういう意味でこの『深夜特急』はすでに時代的な役割を終えた作品なのだなと思います。

 

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「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」を観て

どうも、海外サムライの義貞です。

僕はよくNetfilixで映画を見るのですが、最近観た「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」はかなり面白いドキュメンタリーでした。

半世紀も経てば、もはや歴史です。当時の映像を見ると50年前の日本でそんな騒乱があったのかと思うくらい激しい運動や騒乱がありました。

前回のブログで「新田義貞と鎌倉幕府」についての歴史を書きましたが、やはり自分は戦乱の世というのが好きなのかもしれません。戦乱の世というのは大きな変化が起こる時です。

日本の60年代というのは、高度経済成長と共に大きな変化が起こった時代でした。

もちろん、その当時が素晴らしい社会だったわけではありません。

日本は貧しかったですし、多くの人が社会問題に苦しんでいたし、凄まじい差別などもあった時代なので手放しで昔を礼賛すればいいというわけでもないですが、やはり日本に活力があった時代ではありました。

三島由紀夫と東大全共闘の議論を聞いても、抽象的過ぎて何を言わんとしているのか、議論が展開できているのさえ分かりませんし、頭がついていきません。

しかし、そこには確かに今の日本にはない何かエネルギーのようなものを感じられます。

女性は出てこないので、そういう面では女性が入ってこれないエリート男性のみの政治的な空間ではあったのかもしれません。しかし、なんというか不思議と閉鎖的な空間という感じでもない雰囲気を感じられました。

あんなに真剣に熱くなれる時間と空間を今の日本でどれだけ実現できるでしょうか。

 

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南蛮貿易と長崎港

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どうも、海外侍の義貞です。

世界的に人の流れが止まった世界でも、今まで流れてきて定着したものは変わることはありません。加えて、食・物・宗教(思想)の流動は止めることができない。

中華やイタリアンを食べたくないというという日本人は、あまりいないのではないかと思います。そもそも洋服を着て、映画館に行くなどの行為すら西欧から取り入れた様式であって、それ以前の時代の生活様式で生きたいという人は少ないでしょう。

また日本の場合、資源やエネルギーを海外から購入しているので、全く海外との関係を断って今の生活を維持することはできません。つまり、海外を取り入れることで豊かになれるし、海外との関係を断つことはできないということです。

島原の乱が勃発して、日本が鎖国に入る以前の戦国の世の時は、織田信長に限らず地方の武将や大名たちも海外に関する知識を貧欲に取り入れていました。以前、ご紹介した仙台藩主である伊達政宗は、グローバルな視野の持ち主でした。

https://bit.ly/3lFptg6 サン・ファン・バウティスタ号と慶長遣欧使節団

また、信長によって許可された南蛮貿易によって、ポルトガルやスペインから西欧の珍しい文物が入り込み、日本からは銀が交換されて繁栄したようです。

その当時の中心港が長崎港であり、ポルトガル人やスペイン人は東南アジアに植民地を形成していたため、マレー半島マラッカ(ポルトガル)、フィリピン・マニラ(スペイン)の南方面からやってきたので『南蛮貿易』と呼ばれています。

当時、日本は東南アジアとの交易が活発で、多くの日本人が貿易船にのって東南アジアへと渡り、現地で日本人街を作っていきました。有名な人物がタイ王朝の首都アユタヤで活躍した山田長政です。

島原の乱の勃発でキリスト教の広まりを危惧した幕府が、その後は海外にいた日本人の帰国を完全にシャット・ダウンして『南蛮貿易』は終わりを迎え、鎖国時代へと入るわけですが、鎖国期間中に外で力をつけてきて西欧諸国との力の差が歴然となり、力で開けられることになりました。

https://bit.ly/2XxiMmo 長崎奉行と島原の乱

南蛮貿易の時代には、スペインが最強だったとはいえ、日本は植民地にはなっていません。つまり、スペインとうまくビジネスやってたということなのだと思います。フィリピンは国名までスペイン名をつけられてしまいましたが、日本は南蛮貿易で繁栄しました。

平和的に交易を行うという方が国が発展します。交易は相手あってのことなので、海外を理解することがやはり大事になるのだと思います。

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シリーズ①世界の港から

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How’s it going? 海外侍の義貞です。

僕は、港に興味があります。以前もお話したように、港は世界に開かれた場所であると共に、国防の重要な要ということもあり、開放的でありながら保守的な場所です。

僕は海が好きです。海に入りたいというわけではなく、海の彼方に別の世界が広がっていると感じられるからです。海というのは不思議な場所です。地球上の表面の7割は海です。日本という国は、排他的経済水域まで含めると巨大になります。そう考えると意外に日本人も海洋民族なのかもしれません。

僕が好きなアジアの港は、ベトナムのハイフォン港です。以前もハイフォンについて書きましたが、ハイフォン港の近くにはハロン湾があります。ハロン湾は竜が降り立つ場所とされており、ドラゴンボール的な世界が広がります。

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日本では、横浜、神戸、長崎などですが、興味深いことにこれらの都市には外国との関わりがあります。加えて、どの都市にも中華街があります。フィリピンの英雄ホセ・リサールなどは横浜に寄った歴史もあります。

アジアでは、フィリピンのセブ、韓国の釜山、台湾の高雄、香港、シンガポールなどが港を有しており、このような場所は地の利を活かしています。

香港、シンガポールなどは港湾、物流から金融・情報のような流れやスピードの速い産業に移っていますが、釜山などもそうです。釜山は今、最先端のブロックチェーン技術の特区に指定されています。港湾や物流など物を扱う産業から、金融・情報などに中心が移ってきており、逆に物流なども最新のテクノロジーを使用するという流れがあります。今後、釜山はシンガポールと並ぶ最先端の金融都市になるかもしれません。

セブは、インバウンドのコールセンターなど情報産業が盛んですが、どうしても受け手の立場になり、フィリピン人が何かを生み出すという立場になっていません。例えば、フィリピンからTokopediaのようなオンライン・プラットフォームは生み出されていません。セブは観光・留学、漁業など盛んですし、情報産業があるにも関わらず、フィリピン人自らが商流を生み出すという点は苦手なような感じがします。

港の話から少し逸れてしまいましたが、アジアの港はやはり魅力的であり、日本から近いこともありますし、多くを学ぶことができます。

海、港、歴史、それから港湾から発展する情報・金融についても発信していきたいと思います。

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フィリピンと台湾(ポッドキャスト)

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Hey guys! A Happy New Year! 海外侍の義貞です。

2021年初のポッドキャストは、フィリピンと台湾について録りました。

華僑フィリピン人、中華とフィリピンの関係は非常に興味深く、今後も探求していきたいところです。

福建省とフィリピン華僑    https://cebusamurai.com/2020/05/05/kakyou/

高雄で食べた美味しい牛肉麺 https://cebusamurai.com/2020/11/27/nyuromen/

フィリピン料理ソータンホン https://cebusamurai.com/2020/09/06/sotanghon/