に投稿 コメントを残す

東京の台湾料理店1 台湾にもある店

What’s up, guys! 海外侍の義貞です。

フィリピン料理が日本で少ないうえに、フィリピン料理があるところは大抵フィリピンパブということもあり、台湾料理店の紹介にシフト・チェンジしたいと思います。

僕はフィリピンの料理が好きなのですが、フィリピン料理の店が少なすぎるのと、やはりイメージ的にも料理の好みとしても台湾料理の方が日本人に合うので、ブログとしてもそちらを取り上げます。

台湾の場合、中華とオーストロネシアンのミックス的な要素もあるので(たまにフィリピン人の顔っぽい人もいる)、まあ好しとしましょう(?)。

まずは台湾にもあるお店から紹介したいと思います。

三商幸福   http://japan.3375.com.tw/

三商巧福については以前紹介しましたが、台湾現地では牛肉麺のチェーン店として有名です。東京にいる台湾人に「牛肉麺を手軽に食べたい」と伝えれば、おそらくは三商巧福に連れて行ってくれるでしょう。

春水堂  https://www.chunshuitang.jp/

タピオカミルクティーの発祥の店、春水堂。タピオカブームが去ってからは、麻辣担々麺などの料理を提供しています。辛さはお好みで選べます。八角の香りや少し痺れるような感じの担々麺がお勧めです。

騒豆花      https://saodouhua.jp/

こちらはスィーツのお店です。豆花は豆乳を凝固させて作ったお豆腐のようなものにフルーツなどをトッピングさせて頂きます。杏仁豆腐とは違って、もっと味が豆乳ぽいですね。

このスィーツは中華圏でよく食べられるので、台湾人女性が好きな方は覚えておいた方がいいと思います。

食は、生活に欠かせないものでありながら楽しみ、コミュニケーション、文化を最も現します。

外国人女性を好きならば、絶対に外せないのが、その国の料理に精通することです。その国の地理・風土・食文化を分かっていれば、間違いなく好感を持たれます。

番外

台湾フェスティバル2021

6月には台湾フェスティバル2021があります。コロナの状況にもよるかもしれませんが、ぜひ台湾の食文化を味わってみてください。

https://taiwanfes.org/

台湾産パイナップル🍍の購入をご希望の方はこちらをご覧下さい。

【数量限定】台湾パイナップル 樹上紅 10kg(¥6,000)がフリマアプリ ラクマで販売中♪ #rakuma #ラクマ https://item.fril.jp/e4ce5dec0ab68c111c34eb75b7192917

に投稿

南蛮貿易と長崎港

vessels moored in harbor of modern urban city
Photo by Ryutaro Tsukata on Pexels.com

どうも、海外侍の義貞です。

世界的に人の流れが止まった世界でも、今まで流れてきて定着したものは変わることはありません。加えて、食・物・宗教(思想)の流動は止めることができない。

中華やイタリアンを食べたくないというという日本人は、あまりいないのではないかと思います。そもそも洋服を着て、映画館に行くなどの行為すら西欧から取り入れた様式であって、それ以前の時代の生活様式で生きたいという人は少ないでしょう。

また日本の場合、資源やエネルギーを海外から購入しているので、全く海外との関係を断って今の生活を維持することはできません。つまり、海外を取り入れることで豊かになれるし、海外との関係を断つことはできないということです。

島原の乱が勃発して、日本が鎖国に入る以前の戦国の世の時は、織田信長に限らず地方の武将や大名たちも海外に関する知識を貧欲に取り入れていました。以前、ご紹介した仙台藩主である伊達政宗は、グローバルな視野の持ち主でした。

https://bit.ly/3lFptg6 サン・ファン・バウティスタ号と慶長遣欧使節団

また、信長によって許可された南蛮貿易によって、ポルトガルやスペインから西欧の珍しい文物が入り込み、日本からは銀が交換されて繁栄したようです。

その当時の中心港が長崎港であり、ポルトガル人やスペイン人は東南アジアに植民地を形成していたため、マレー半島マラッカ(ポルトガル)、フィリピン・マニラ(スペイン)の南方面からやってきたので『南蛮貿易』と呼ばれています。

当時、日本は東南アジアとの交易が活発で、多くの日本人が貿易船にのって東南アジアへと渡り、現地で日本人街を作っていきました。有名な人物がタイ王朝の首都アユタヤで活躍した山田長政です。

島原の乱の勃発でキリスト教の広まりを危惧した幕府が、その後は海外にいた日本人の帰国を完全にシャット・ダウンして『南蛮貿易』は終わりを迎え、鎖国時代へと入るわけですが、鎖国期間中に外で力をつけてきて西欧諸国との力の差が歴然となり、力で開けられることになりました。

https://bit.ly/2XxiMmo 長崎奉行と島原の乱

南蛮貿易の時代には、スペインが最強だったとはいえ、日本は植民地にはなっていません。つまり、スペインとうまくビジネスやってたということなのだと思います。フィリピンは国名までスペイン名をつけられてしまいましたが、日本は南蛮貿易で繁栄しました。

平和的に交易を行うという方が国が発展します。交易は相手あってのことなので、海外を理解することがやはり大事になるのだと思います。